無重力ラボラトリー
カワグチタケシ

セダム 沙漠に咲く小さな花
極度の乾燥にも耐えうる種は
都市の上空に

正確で厳密な彼女の仕事は
成層圏を行きかう祈りと重なり
いつか惑星へと届くだろう

無重力のラボラトリーで
小さなプランターを規則正しく並べ
左手に持った鉛筆で一定時間毎に
蒸散のデータを記録しながら
彼女の紅茶は徐々に冷めていく

そのころ地上で彼は
漠然とした選択に迷い
小さな失敗を重ねながら
朝な夕な
地下鉄を乗り継いでいる

イヤホンから流れる感傷的な旋律
その隙間に割って入る構内アナウンス
架線故障の影響で引き込み線に
遅れが生じています

そして太陽が惑星の影に隠れる
彼女はラボの灯りを消して
冷えきった部屋に戻る
暖房のスイッチを入れて
彼からの通信を待つ

乗り換え駅の
マクドナルドの二階で彼は
ガラス窓の隅に吸盤で
デバイスをセットし
成層圏に向けて
アンテナをのばす

地上は午後十時
証券会社のビルディングのうえに
星がひとつまたたいている

季節はなぜ待たないのか
雑音にまぎれて彼の小さな問いが聞える
彼女が答える
わたしたちには繰り返す風景が必要なの

ゆっくりとそして避けがたく
僕らは星に到達するために死んでゆく

なぜ

僕が育った庭の話をしたかな
そこには小さな砂場があった
砂場の上には葡萄棚があって
夏の日差しから僕を守ってくれた
その砂場も葡萄棚もいまはもう存在しない

わたしたちの休暇の話をしましょう
再会の日には
手をつないで
草原を見下ろす丘のベンチで
雲が生れる瞬間を見つけましょう

そのときふたりを結ぶ細い線を
探査衛星が横切り
銀河から沈黙が降りてくる

沈黙のあいだも
無重力のラボラトリーで
多肉植物たちが徒長しつづけている

やがて通信は再開し
おやすみが言いかわされる
満ち足りた気持ちで彼女は
無重力の眠りにつく
彼は踵をすり減らし
地下鉄の改札へと降りていく

Contains samples from W.D.Snodgrass & V.v.Goch

 


自由詩 無重力ラボラトリー Copyright カワグチタケシ 2015-04-15 23:51:05
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