黒艶姫
クロヱ

鮮やかな椿を思わせる香りを纏い
黒烏の羽 または夜のような髪を靡かせ その女は崖に立っていた。
服は果肉の赤。
見かけないものだが 昔に見た列を成して担がれている神輿に乗っている女が着ていたものだ。

女はここでは場違いだ。
俺は遠目から滑空して見下ろし 風を捕まえながらそう思った。
近づき それでも女には気づかれないような遠さで旋回し 
しばらく眺めていた後に ふと女は左手に梅の枝を持っていることに気がついた。

「ほう」
合点がいった。こいつもそうか。
思わず声が出た。
この女で何度目か そういえばと思い出した。
儚い希望を持つ者。身の程知らずと言ったところか。
俺は少しだけこの女に興味がわいて 思い切り近づき女の後ろに生える裸の木に止まった。

「おい」
俺はわざとらしく気に止まり よく観察をした後に右側を掻いて声を出した。
女は微動だにもせず靡いていた。

「おい、お前では無理だ」
俺は言ってやった。本当のことを。
女は欝な目を投げかけ こちらを向いた。

「お前には無理だと言っているのだ」
何故か 俺は少しだけ苛立っていた。
女は俺から振り返り 少しだけ前に進んだ。まるで俺から離れるかのように。

「分からないか
 お前にはないのだ お前らにはないのだ
 どうしてそれが分からん」
俺はもう 苛立ちを持っていた。腕を広げて嘶いた。(いなないた)
そうだ。この女には こいつらには翼は無いのだ。この俺のような。
そこから先は俺たちの領域だろう。お前が侵していい場所ではない。
だのに何故 空を飛ぼうとするのか。全くもって理解ができない。

「あなたには分からないわ
 そんなあなたの全てが、わたしは羨ましい」

女は海にそんなことを言い放って、飛ぼうとし落ちていった。

それから先は覚えていない。
咄嗟について行き 掴もうと羽ばたいても俺では女を持てる訳もなく 羽が何本か散っただけだった。
何故そんなことをしたのかも思い出には残っていない。

ただひとつだけ今でも浮かぶ
逆さまになった女の綺麗なその微笑み


自由詩 黒艶姫 Copyright クロヱ 2015-04-06 11:04:06
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