春の航海
nonya
華々しく出航したはずの
船の羅針盤は
いつの間にか壊れて
勿体つけて差し出された
六つ折の海図は
ほとんどが嘘っぱちで
最初は威勢が良かった
スクリューには
得体の知れないものが
幾重にも巻きついて
今日も昨日も明日も
義理と人情と夢のままに
空と海のあてどない狭間で
未来に船首を向けるふりをする
自由と勝手をはき違えたのは
何処の港だっただろう
難しい言葉で得意気に交信したのは
誰の船だっただろう
目的地など無いということを
彷徨うことが航海だということを
思い知ったのは最近だった
同じような波に弄ばれて
同じような島に縋りついて
何度も塩辛い水を飲まされた
迂闊な航海士に
それでも季節は何度も巡った
今年も途方に暮れた背中に
春が降り注ぐ
凍えていた素っ気ない指先に
血潮が満ちていく
はしゃぐ光に
ことさら顔をしかめながら
お節介な温もりに
大袈裟な溜息をつきながら
ついうっかり
何かを始めようとしてしまう
そんな迂闊な
春の航海