理由
オダカズヒコ
女をパジャマに着替えさせてベットへ運んだ。
午後9時頃。
バルコニーの観葉植物を取り込むとき、女にパンツを穿かせるのを忘れていたことに気付く。
テレビの電源を入れる。
煙草に火をつける。
「結局、いろいろあった」日記帳にしているノートに殴り書きすると、電気を消した。
女はイビキをかいた。
テレビの明かりが目にチクチクする。
女は無口だった。
それから一週間、女は家に泊まったが口を利いたのは数回。それから唐突にぼくの部屋から消えた。
思いだせないことがある。
女の名前だ。
思いだしたことがある。
1月8日。彼女の誕生日だ。
わからないことがある。
自分の気持ちだ。
自分の心がはっきりしないことほど、うんざりすることが他にあるだろうか?
何も決められない自分を目のあたりすることほど、惨めな気分になることはない。
動物園に行く。
ゾウの太い足を眺める。
コンクリートを踏みしめるその足はまるでぼく自身そのものだと思った。
巨体を揺すりながら狭い場所を何度も何度も往復するその行動におそらく何の意味もない。
「何の意味もない」この啓発的な認識さえ現実を1ミリも動かすことができない。
--------ゾウの太い足を見る。
「太った」
「え?」
「太ったのよ、あたし」
「そんなことないだろ」
「まるでゾウみたい」
「太ったひと、嫌い?」
思い出したことがある。
61キロ。彼女の体重だ。
食べれば太る。地球と人間が繋がってる証だ。
食べなければ痩せる。やはり命は繋がってる。
人と人の繋がりは何で確かめることができる?好きか?嫌いか?違う。
ぼくらはコントロールのできない世界にいる。
女が消えた朝。心の中の火がまた一つ消えた。
そこにはまるで、
はじめから何一つなかったかのような暗闇だけが、
マンホールの様にぽっかりと広がっている。