ヨシノさん
nonya
ヨシノさんは江戸末期の
北豊島郡染井村で生まれた
生まれながらにして容姿端麗
娘盛りには五枚の花弁を振り撒いて
道行く人を虜にした
染井村のヨシノさんを
なんとしても手に入れたい
新しもの好きの江戸っ子は
いっそのことヨシノさんの
クローンを作ってやろうと企んだ
かくして
ヨシノさんそっくりの
クローンなヨシノさんは
次々と作りだされ
やがて
日本の春の津々浦々で
クローンなヨシノさん達の
可憐な立ち姿を
見かけるようになった
南から北へ
約束を果たすように
土手の上に一列に並んで
校庭の端に静かに佇んで
ビルの谷底で踏ん張って
里山の霞んだ空を仰いで
川面に無常を浮かべて
出会いと別れを縁取って
コンクリートを上気させて
薄紅色の風の音符になって
人のときめきとぬくもりで作られた
クローンなヨシノさん達は
人の喜びを
うららかに微笑み
人の哀しみに
やわらかく寄り添う
今日のさくら公園の
クローンなヨシノさんは
奥床しい三分咲きだけれど
彼女のおちゃめなDNAは
少し目を離した隙に
満開になってやろうと
目論んでいるんだろうな