異動
葉leaf


      ――M.S.へ

あなたは私という小さなひずんだ円形を、余すことなく包みこむ大きな完璧な円形だった。ふたつの円の中心は、二人の性格の針によって異なる点を指していたが、私が囲っていない多くの光や闇を、あなたは既に自らの中に循環させていた。私はあなたの円に内接するために拡大を試みた。いつしか円は四角や三角、複雑な図形になって、あなたが円を破り手を伸ばしてくれて初めて私はあなたの線に絡みつくことができた。私はあなたに束の間に追いつき、再び大きく追い越されたのだった。

あなたが決して表現しなかった怒り、あるいは悲しみ、私はそれがあなたの表情の背後に表現以前の生々しい在り方で潜んでいるのがよく見えた。語られず直接見えてしまう怒りや悲しみは、なによりも私を戒めた。あなたの無言の戒めほど、人間的で優しさに満ちた戒めを私は知らない。この不文の一対一の規範こそが最も強力に私の思考を促した。あなたは教育者を気取らずとも、ただ内面も外面も優れているというそれだけのことで、ただ働く姿を見せるだけで、最も優れた教育をなし、最も優れた訓戒をなした。

私の努力を私自身が評価できないでいるとき、いわば評価の間隙に、あなたはすかさず私を評価し、間隙を正確に埋めていった。走るための根拠となるエネルギー自体を私はしばしば懐疑したが、その懐疑による暗雲をあなたは決まって微風のような言葉で吹き飛ばした。何の武器も持たず荒野でひた走る私を、幾つもの武器を持ちより速く走るあなたが黙って防護してくれていた。私は感謝のためにあなたに何かを贈りたい、だが贈ろうと思うもの全てをあなたは既に持ち合わせている。

私もあなたもさよならは言わない。そんなあいさつは嘘だから。さよならはどこか言い訳のようだし、傷つかないための努力のようだ。そんなに簡単に結論を出していいものでもないし、実際私とあなたは別れるわけでもない。あなたはあくまで上司であるが、前例のない仕事において私に教えることで私により形成され、また言うまでもなく、私はあなたに教えられることであなたに形成された。共に仕事をすることは共に構成し合い、共に混じり合うことである。もはや私もあなたも別れることはできず、さよならは全くの嘘だから言わない。


自由詩 異動 Copyright 葉leaf 2015-03-23 03:38:47
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