まだ心から笑えないあなたへ
夏美かをる
もう二度と心から笑える日は来ないと思います
見たところ私よりも一回りも若いあなたは
これから半世紀以上続いていくであろう
(続いていってほしい)あなたの人生を
一度も心から笑うことなく歩んでいくと
そう言い切っているのか?
未だ慣れることのない異国の夜闇の中で
具合の悪い娘の手を握り締めながら
会ったこともない、恐らくこれからも会うことのない
あなたのことをひたすら考えていた
向けられたマイクに向かって
迷いなくそう答えたあなたの
毅然とした態度を醸す薄い皮膚の内側で
今も渦巻いている慟哭の凄まじさを
今は呼吸が苦しくても、明日になればこの娘は
食事が通るようになっているかもしれない
所詮母親なんて単純で哀れな生き物
我が子が目の前でただニコニコ元気に笑っていれば、
その人生は満ち足りるのだ
だけど、あなたのその子は
突然逝ってしまった
二千十一年三月十一日の朝
いつもと全く同じように
「いってらっしゃい」と送り出した
あなたのその子はもう二度と
あなたの作ったご飯を
美味しそうに頬張ることはないのだ
4年経った今尚、あまりにも深く淀んでいる
あなたの涙を湛えた泉
ごめんなさい
あなたと同じ体験をしていない私は
その神聖な水を掬い取ることができない
ただそっと祈ることしかできない
海の向こうの彼の地で
我が子の御霊に恥じぬよう
凛々とその険道を踏み進んでいる
あなたと、他の多くの母親達のために
たとえあなたが心から笑えなくても
優しく煌く一筋の光が
常にあなたを照らしていますように
そして、遥か先の未来で
あなたがお子様と再会する時には
母としての、母しか纏え得ない
心からの笑顔でお子様を包めるよう
どうか御身を大切に、
うち過ぎ重なりゆく日々を
生き、生きて、
生き抜いて下さいますように
*今年の3月11日はとっくに過ぎてしまったのですが、去年も一昨年もこの日に溢れて来る思いにいたたまれなくなって詩にしてきたので、誠に僭越ながら今年も書かせていただきました。