菜虫化蝶
nonya
菜虫化蝶
なむしちょうとなる
不思議な夢を見た
とある晴れた休日
ソファーの上で腹這いになって
私は時代小説を読んでいた
時刻はたぶん八つの頃
カーテンから漏れた
春の日差しに温められたせいか
背中が無性に痒かった
手を回してポリポリやっているうちに
ふうわりと意識が遠のいた
気がついた時には
私は何故かソファーに腰かけて
いや
腰かけているにしては景色が違う
何気なく視線を落とすと
私はもうひとりの私の上に腰かけて
いや
腰かけているのではない
無粋ないびきをかいて寝入っている
もうひとりの私のぱっくり割れた背中から
私の身体は生えていた
私は羽化しようとしていたのだ
慌てて手足を動かそうとしたが
どれが手だか足だか分からない
必死に助けを呼ぼうとしたが
つぼまった口からは声が出ない
諦めたようにあたりが暗転した
次に気がついた時には
私の身体は宙に浮かんでいた
視界は白と青と赤の万華鏡
色と明暗が反転した花畑
肩甲骨のあたりが忙しなく動いて
風景がゆうらりと上下した
私は蝶になったのだ
そう思った瞬間
私の目の前には無数のガラス窓
無数のカーテンの隙間から見えるのは
ソファーの上に転がった無数の青虫
よだれ染みのついた無数の文庫本
背中が無性に痒くなって
私は目が覚めた
青虫が蛹の夢を見ていたのか
蛹が蝶の夢を見ていたのか
蝶が私の夢を見ていたのか
私は本当は青虫なのか
分からない
おそらく
夢から醒めたらまた次の夢を見る
そんな不確かな繰り返しだけが
私の一生なのだろう