あの人だった人
宣井龍人

今日もひっきりなしに飛行機が通る
あの人だった人が外を眺めている
「沢山通るね」
あの人だった人は無言だ
体の何処からも表情が消えている
きっと見えないものを見ているのだろう
部屋を見渡せば
沈黙が申し訳なさそうに腰掛ける

一昔十年前だったか
手術を受けてまもなく退院する時だった
リハビリから戻ったあの人は外を眺めていた
窓からは着陸する飛行機が列をなす
飛行機の下には街のカラフルな人間たち
張り巡らされた血管を駆け抜ける自動車たち
「沢山通るなあ」
あの人は世の中の匂いを嗅いでいた

ベッドに置かれた人はあの人ではない
大好物の挽肉入りの厚焼き玉子
あの人は居候のようにそおっとつまんでいた
「もう食べないの?」
問い掛けに黙って目だけが頷く
あの人だった人が頷く
私は思わず窓の外に目を逸らす
今日もひっきりなしに飛行機が通る


自由詩 あの人だった人 Copyright 宣井龍人 2015-03-15 01:56:11
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