7ジグソーみそ汁
吉岡ペペロ

胸に枕を敷いてうつぶせになって寝転んでいた。

そして自分の指を見ていた。

あんまり近すぎてぼやけた指だった。

あんなことのあったあとだ。

しばらくこうやって気を静めていよう。

ぼくは幽霊を見た。

映画をみたあと高校生のうちに行った。

平日だったから映画館では大人ひとり学生ひとりとは言えなかった。

うしろめたかったけれどいまのぼくにへんな気持ちなどないはずだった。

そういう気持ちはずいぶんと遠いこころだったからだ。

玄関で高校生とぼくはへんなおっさんに呼び止められた。

無視無視と言ってぼくはうちのなかに入れられた。

居間で夕方のニュース番組を見ていたら黒い影が廊下をはっきりと通って消えた。

さっきのおっさんかと思い高校生に確かめたら、幽霊よ、あたしの部屋にいこ、と階段をあがっていった。

幽霊に出くわしたくなかったけれどぼくも廊下に出て階段をあがった。

幽霊ってよくでるの?高校生の顔をぼくは立ったまま見つめた。

うん、でるよ、高校生がベッドに仰向けになって部屋がしんとなった。

ぼくはカーペットに座って膝をふるわせていた。

ベッドから高校生の手が垂れていた。

可憐な手だ。まだ触ったことのないものがたくさんありそうな手だった。

へんなとこ来てしまったって思ってる?不機嫌そうな声がした。

いや、ぼくがそうつぶやいたのは息を吐き出したかったからだった。

ここなら大丈夫なのか?ぼくは高校生のとがった鼻を見つめた。

そんなの知らない、高校生の胸が上下していた。

それが静かになるとお腹がふくれたりへっこんだりしていった。

寝てる。まじかこいつ。ありえない。なにかのいたずらか。高校生がぼくを友達とからかっているのか。

部屋のドアがたたかれた。

だんだん強くたたかれていってもうひっきりなしに連続で音が鳴り響いていた。

ドアがはずれそうだ。ドアノブががちゃがちゃと回される。

誰だ!なんの用だ!ぼくは叫んで高校生を揺り動かした。

高校生が薄く目をひらいてあきらめたように微笑んだ。

おい!起きろ!ドアになにか突き刺さるような音がした。その音がなんども重なった。

ぼくは窓をあけて高校生を抱き抱えて飛び降りた。

お尻が一階のひさしにどんと当たってそのまま滑り落ちた。

家の造りが分からないから生け垣に沿って走った。

門が見えてそのまま道路に出て車にタッチしてドアを開け高校生を助手席に押し込みぼくはエンジンボタンを押して急発進した。

そしてそのまま電信柱に激突した。

バックミラーを見たらさっきのへんなおっさんが高校生の玄関から出てきて反対方向に走っていった。

ぼくはなにかの罰にあたったのだ。

車をバックさせ外に出た。

電信柱がすこし傾いていた。

民家が建ち並んでいるのにひとっこひとり出て来ない。

幽霊がへんなおっさんだとしたらそいつは包丁みたいなものを持っているはずだった。

ぼくは前がひしゃげた車をもういちど発進させてそこから逃げ出すことにした。

高校生は顔を窓にくっつけてなんどかありがとうとつぶやいた。

黒髪がハラルの背中のようだった。

ぼくは事情を聞く気にもなれず高校生に触れる気にもなれなかった。

ハラルの背中に向かって、親はいつ帰ってくるの?と声をかけた。

沈黙かと思ったら、7時ぐらいと返事があった。

首と腰が痛かった。

あのおっさんに高校生は狙われているのだろう。それをぼくを使って防ごうとしたのだろう。それだけだろうか。

高校生の人生に立ち入る気にはならなかった。

正義感も湧いてはこなかった。

警察いくか?ぼくはタバコを吸いながら高校生に尋ねた。

幽霊だから、行っても意味ないよ、ハラルの背中が裏返った。

しばらく見つめあってぼくは目をそらせた。

おかしいだろうか?ぼくにはよくあることだった。ぼくは早くうちに帰って母のみそ汁を飲みたいと思っていた。









自由詩 7ジグソーみそ汁 Copyright 吉岡ペペロ 2015-03-02 22:24:09
notebook Home 戻る