窓の外
竹森

雨、いつも待っている、
雨、いつまでも人を殺せない、
雨、いつか風邪を引いた私の、
雨、手の届かない、ところが常に、痒い、
痒い、痒いんだ、前歯の裏あたりが、前頭葉の祖語が、
優しかった祖母の記憶が、血球の擦れる地点が、
あなたの連ねる詩句のそれぞれが、
それらを隔てている気障な句読点が、
飲み干したばかりのスチール缶コーヒーの裏面が、
雨で掠れた大気が、掠れた文庫本の表紙が、
衛星の引力にざわめく木星の大気圏が、
遺伝子に刻まれた前世の仄かな情熱が、

「雨が止みません。きっと明日も雨です」
「晴れたら肌が焼かれてしまうじゃない」

盲目の少女に微笑む。透明なグラスに注がれるべき少女。魔法少女でありながら魔法の使い方を知らない少女。彼女にも夜や朝は存在する。雨か晴れかを肌を通して湿度が教えてくれるのと同様に、狂った体内時計が彼女にとってのそれを規定している。僕の肯定がそれを補強する。二人の言葉だけが、とても正しい。

彼女を部屋の外に出した事はない。外に出せば純潔への憧憬をポエムにえんえんと綴り続けて気が違った詩人に刺されるに違いないもの。だから僕が、この僕が、この部屋で彼女をしっかりと飼ってあげなければいけない。大好きなたまごサンドを口にほうばらせる。

「布団は柔らかくて暖かいもの。鏡は硬くて冷たいもの」
「それだけ。それだけ、だよ?」

この部屋には鏡ばかりが乱立している。床にも、天井にも。盲目の少女に、僕は服を着させる。彼女は僕の選んだ服だけを着てくれるから、僕は神経質なくらい慎重に服を選ぶ。彼女の肢体はやつれている。それよりも僕の方がもう少しだけやつれている。気が違った科学者が遠心機で砕いた、宇宙の滴ではなく、少女の雨を降らせたから、窓の外は血と肉と骨と腐臭で満ちている。という事にすれば。ほら。僕が受け止めるのに失敗していたら、彼女もその一部になっていたに違いないじゃないか。

「胡麻と蜂蜜、意外と合うから一度試してみてよ?」
「もしも私の指先から根っこが伸びていたら、死体だけを啜って生きる」

君はきっとルービックキューブの中で眠っているから僕が解き明かしてあげないと、と、そんな意識でこの文章を書いている。あなたに通じる言葉であなたに通じない感情と思考。でも確実にあなたに通ずるただひとつの道筋。チロルチョコが舐めたいとつぶやいた、盲目の少女には喉仏がない。乳房の膨らみは有り得ない。チロルチョコで喉を詰まらせた、盲目の少女が顔をしかめる。苦しい?苦しいよね。ほら。お口を開けてごらん。僕は彼女を覗き込む。鏡を通して。鏡を通さないで。辛い?辛いよね。ほら。もっとお口を開けて。その甘い吐息をもっと浴びせて。

「そんなに笑うなって」
「だって―――」



延々と。戯れ言。(雨。止まないね。)


自由詩 窓の外 Copyright 竹森 2015-03-01 21:35:49
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