回想10年
葉leaf




 私は文学教育を受けたことがない。大学では自然科学と哲学をおさめ、その後大学院では法律学をおさめた。文学は、そういった主な勉強の余技としてなされたにすぎず、だから私はゆっくりと小説を読んでいた幸福な時間というのがほとんどない。日々忙しく過ごす中、詩は読みやすかった。短い時間で読み切れる詩というジャンルは、私の生活にあっていた。
 それだけでなく、若い頃の私は、マクロな視点が欠けていた。細部の美しい表現や見事な思想に文学の存在意義を見出し、物語や世界観など、大局的な視点から文学作品を読む能力に欠けていた。そういう偏った性向もまた、私を詩に向かわせた。私が詩を本格的に書きはじめ、現代詩手帖に投稿を始めたのがちょうど10年前である。
 当時、私は全てに飢えていた。社会から受けた傷がまだ生々しく血を流していて、社会に対する漠然とした憎悪を抱きながら、何もかも満たされなかった。私は実存的な危機のようなものに直面していて、どうしていいか分からなかった。ただ衝動だけが空回りし、衝動がうまく行き場所を見出すことができなかった。
 そんなとき、そういう孤独に痛みを抱えている人間としての私が詩に走ったのもそんなに不自然なことではあるまい。私は刺激が欲しかった。そして満たされたかった。さらに、叫びたかった。この三つとも満たしてくれるものが詩だった。私は危機にさらされ叫びたてる媒体として詩を用い、詩を書くことは刺激に満ちており、良い詩が書ければ満足した。私は詩を書くことで自らの危機にかりそめの解決を与えたのである。
 そのころ私は批評も書き始めた。批評は、とにかく先輩詩人へのアンチテーゼとして書き始めた。わけのわからないジャーゴンで詩が語られることに私は耐えられなかった。詩は詩でもって語られることによってどんどん内閉していき、もはや門外漢には導入すら与えられていないかのように思われた。私は持ち前の科学的精神でもって、詩という面白い科学的対象を科学的に分析する手法を磨いていった。初めはうまく書けなかったが、その手法は少しずつ洗練させて行けたと思う。
 詩の書き方として、私は初めフィクションを書いていた。かっちりと整えられた複雑で幾何学的な幻想的詩編を書いていた。これは先人の様式をまねたという点もあるが、それ以上に、私は様式や構造に執着することに妙な満足感を抱いていたのだ。危機的な状況にあった私としては、その危機をそのまま叫べばよかったのかもしれないが、私の推進力は内容ではなく作品的完成度へと向かった。内容はさほど問題ではなく、それをいかに書くかの方が、到達するべき地点が高いように思えたし、その高い地点へと向かっていくのは快楽であった。私は人生や生活を嫌っていた。それらは余りにもあからさま過ぎて、詩ではないと思っていた。詩というのは内容で勝負するのではなく、いかに執拗に言語と格闘しているかで勝負するものだと思っていた。
 だが、5年前くらいからだろうか、私は人生も詩になりうるということになんとなく気づき、人生を積極的に詩作に反映させるようになる。これは、私がマクロ的な視点を獲得したこととも関係している。物語や劇が詩に入ってくることにもはや何の違和もなかった。そして、地に足のついた詩篇を書きたいと思うようになった。私は前衛すなわち否定を克服したのである。それは私の成熟であると言ってもいいかもしれない。否定によって詩を書くのではなく、肯定によって詩を書くということ。ありのままの人生の豊かさを肯定し、それをそのままどこまでも追求していくということ。人生がこれだけの感受すべき対象に満ち溢れているというのに、それを書かないというのはもったいない。私は感受性の向き先を、宙に浮いている言葉から実生活の体験へと向け変えた。もちろん今でも当初の実験精神は消えていないが、人生への目覚めは私の詩作を限りなく豊穣にした。
 批評は、初めはほとんど我流で書いていたが、だんだん他人のすぐれた批評もよく読むようになり、また何らかの理論書をあらかじめ読んでから書くようにもなり、どんどん質は向上していると思う。文学の外側の理論を文学に応用して、更にそこに自分なりの発想を付け加えていくということ。私は詩の論理を書こうと思っている。批評は私にとって作品ではなく論理である。論理的構造物としての詩の側面を明らかにし、生産的な議論の前提としたい。
 そんな私も間もなく詩集を上梓する。今までお金がなかったのだが、働き始めてお金がたまったのだ。この、社会人になるという経験も私の詩作に大きな影響を与えたと思われる。私の詩作はストレス解消という意味合いも込めてペースアップし、詩の内容も他者や社会を積極的に取り込むようになり豊穣化した。そんなこんなで、詩と批評を書き始めて10年が経とうとしている。


散文(批評随筆小説等) 回想10年 Copyright 葉leaf 2015-02-21 04:00:51
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