アンゼリカの正体
そらの珊瑚

バースディケーキの上は綺麗に飾られた素敵な世界。いつもはジミィな醤油色に彩られたばあちゃんの食卓が、がぜん夢見がちな乙女色になるから不思議。白いくりいむからは甘い香りがしてきて、苺はまるでお姫様みたい。永遠にこのまま砂糖の虜になるのも悪くないなんて思う、虫歯になるのは嫌だけど。

ピンクのくりいむで作ったバラには銀色のアザランがふりまかれ、緑色の葉を模した砂糖菓子がそれを取り巻く。その葉の中は空洞になっていて、味は、味は……砂糖の味しかしないけど、ザクっとした奇妙な歯触りがする。それは「アンゼリカ」という名前だって、友達が教えてくれた。アンゼリカ、そう呼びかけるたびに、アンゼリカは、図工の教科書で見た「モナリザの微笑み」ほどではないけど、ひとさじの悲しさを含んで微笑んでみせるから、彼女はきっとあたしによく似た身の上なんじゃないだろうかと想像する。

ねえ、なんであたしにはかあさんもとうさんもいないの? と、ばあちゃんに千春は聞いたりしないし、くよくよそれで悩んだりもしない。

その代わり、――人生で代わりになるものとならないものがあるけれど、ケーキの上にのってるこの緑色の物体は何? と質問する。
ばあちゃんは、あたしゃ学がないからわからんねえ、と答え、取り分けたケーキをわしわしと箸で食べた。

千春は大人になって「アンゼリカ」の正体が、植物のフキの茎だったと知る。その時、千春は生乾きの毛をぶるぶるっとさせる猫みたいに、震えた。フキは、ばあちゃんと暮らした平屋の裏庭に、わさわさと生えていたのだ。

おそらくフキは、自我を手放してもいいほど、砂糖の虜になりたかったのだ。長年の疑問が溶けたからといって、相変わらず素敵な世界はケーキの上にしかないのだけれど、今夜、ばあちゃんのために、価値あるたくさんの蝋燭(年を足すって何にも代わらない価値だって思うの)を掲げたケーキを、施設のみんなと分かち合う。
誰も自分の正体など知らない。今夜ここはおとぎの国。
そうでしょう? アンゼリカ。


自由詩 アンゼリカの正体 Copyright そらの珊瑚 2015-02-18 10:00:57
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