閂は開かれる
るるりら
【閂は開かれる】
閉ざされた記憶の門のかんぬきが
思いがけない方法で開かれることを 私は知った
たとえば 少女の髪にあったリボンが
ほどかれた瞬間に急に大人び
何かを失ったかのような遠い目をしたとしたら その先にあるのは
青い空ではなく 未来の自分への便りだ
こころを射抜いた事柄は たとえ桜貝のように小さくとも
閂で閉じられた記憶世界では しずかに息をしている
すべてに光が注がれ同時に影が揺らいでいる
大人になり すっくと立つという単純なことこそを手に入れるために
捨てたつもりだったさまざまな雑多な事柄も
生命力のある記憶だけは やがて 大人になったつもりの
わたしの内側の殻を破って 出てくる少女のような わ た し
オリエントエクスプレス
わたしは昔、この超一流の急行列車に
一瞬だけ乗ったことがある
鉄道オタクの友人が 「有名な列車だよ
一瞬だけなら 切符なしでも きっと乗せてもらえるよ」
というので 乗った
ほんとうに わずかな時間だったけれど
鮮やかに翻る記憶
私が 過去をうしなったことなど無いのだ
どんな ちいさな事柄であっても 生命力のある記憶なら
こんなふうに わたしの中に質感をそのままに私の内側から
光を発しつづけるのだろう
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(メビウスリング2月勉強会 「アール・デコ」課題詩:新川和江 『記事にならない事件』 提出作品)