バス停の青年
小川 葉



仕事帰り、新国道のバス停で、暴風雪の中、帰りのバスを待つ。

待っても待っても来ないバスを、暴風雪に耐えながら待つ。

どこから来たのだろう、バス停に、はたちくらいの若者ひとり、やって来て、私に尋ねる。

「37分のバス、行っちゃいました?」

「33分のバスもまだ来てないよ」

私は冷静に答える。

そんな私に、若者は、やたら親しく話しかけてくる。

「駅前まで乗るんですか?」

「いや、すぐそこ。いとくのあたりで降りるよ。歩いてもいいんだけれどね、天候がこの通りだから」

「電車は動いてますかね?タクシーで、駅前まで、二千円で行けますかね?」

「電車は、この雪だとわからないね。タクシーは、ふだん乗らないからわからない。バスなら、よほどでもない限り動くから、待ってるといいよ」

「そうですか」

青年を見ていると、なんだか、若い頃の自分を見ているような気がして、かわいかった。

「あ、バス来ましたかね?」

「ん?あれはトラックだ。まだまだ。この天候だから、そうすぐには来ないよ。少し待って」

地吹雪のため、視界が悪く、遠くから大きなクルマが来ると、一見バスに見えなくもない。

「あ、来ましたかね?」

また、青年が言う。

「残念、あれは佐川だね」

この天候だから、バスの到来を願う気持ちもわからなくはないのだが、それ以上に、青年のバスの到来を願う気持ちが強すぎて、少しばかり、しつこい気がした。

「電車、動いてますかね…」

青年が言った、その時。

「あ、来た!」

もう何時何分のものかもわからない、一台のバスが、まるで場違いな霊柩車のように、間抜けにやっと来て、しかしその頼もしさに、私は大人気なく歓喜した。そうして、青年の、気になる言葉を遮った。

バスが止まり、青年に乗車を促す。
すると、

「シニア、ファースト、ですよ」

と、赤い舌を出して笑い、先に乗車させてくれた。内心、シニアとはまだまだで、失礼とは思ったけれど、それもまた、この現実離れした暴風雪の中の、気の利いたジョークのような気がして、私も笑いながら、ノンステップバスに乗車した。

私はすぐに降りるので、前の席に、駅前までの青年は、後ろの席に。

バスは出発し、外の暴風雪の道を、暖かい車内から見て走る。

ふと、思い出す言葉。

「電車、動いてますかね…」

振り返ると、青年は、赤い頬をして、私に手をふっていた。

「ああ、大丈夫だ」

私は内心確信し、幸町交番前バス停で、すぐに降りた。

バスの最後列の席の窓から、青年は、降車した私を見ている。

「電車、動いてますかね…」

その言葉を残し、手もふらず、バスは、青年とともに、行ってしまった。

青年は、どこまで行くつもりなのだろう。

秋田駅前で、バスを降りるのだろう。
それから…

奥羽本線、上り列車に乗るのだ。

「電車、動いてますかね…」

「電車なら、きっと、動いている」

私は、心の中で、そう答えた。
ある、願いをこめて。

青年の言葉は、懐かしい、県南訛りだった。

私が捨てた、ふるさとの、県南訛りだった。


携帯写真+詩 バス停の青年 Copyright 小川 葉 2015-02-10 23:48:01
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