塗り薬。
梓ゆい

(傷口が、膿み始めた。)
誰にも見えない六畳間で。

山盛りの塗り薬をこぼしながら
ぺたぺたと肌に塗っている。

(傷口が、泣き出した。)
細く赤い線を描きながら。

「目を閉じて。」

暗闇の中にうずくまれば
肉の表面に膿が絡み付いて
じくじくと痛みが走る。

(釘を打たない棺。)

眉間の皺が取れた父の身体は
もうすぐ焼かれて灰になり
「お帰りなさい。」という代わりに
小さな骨壷の中で
カラン・・・・。カラ・カラ・カラン・・・・。と
音を立てるのだろう・・・・。

箸を伸ばし
足であったはずの骨を拾い上げたが
記憶が抜け落ちて解からない。

父の声が聞きたくて
何度も電話をかけたのに
受話器の向こう側は
十回目のコールの後ぶつりと切れて
何も返さなくなった。

(傷口は、時に笑う。)

泣き終わった後薄れながら
悲しみを連れ去るように・・・・。

「お母さんを、大切にしてあげなさい・・・・。」

誰とも無く言われることが
この先の労わりと
使命感に変わった・・・・。

傷口が笑えば
父の顔が見えるのだと言い聞かせ
山盛りの塗り薬を崩し始める。

痛みが増した皮膚はガードを作り
父がゆっくりと
微笑返すのが見えた。



自由詩 塗り薬。 Copyright 梓ゆい 2015-02-08 01:19:32
notebook Home 戻る