自転車に乗って
梅昆布茶

まだ自転車に乗れなかったころ
ともだちの自転車を借り
田舎の緩い坂道をおそるおそる降りながら
何度も練習していた

不思議なことにあるときすっと自転車が自分のものになる
そんな瞬間を体験したのだが
そのときひとつちいさな自我が崩壊したのかもしれない
まるで地上の天使になったような気分だった

海岸沿いの国道を除けばモータリゼーションの波もまだ遠く
山並みと海岸線と田圃と風と陽光に満ちた自然の埃っぽいサーキットが
世界のすべてだった幸福な時代

はじめての自転車は
しっかりした実用的なもの
田舎のみせの店晒し品だが

それでも豊かではない家計のなかから
親が工面してくれたもので
永らく僕のたいせつな冒険の足で在り続けた

地上を旅するならば二足歩行で十分だが
地平線に焦がれるならば一日は短すぎて
追いつかない明日に追いつけると思い込み
その為のこころの速力が欲しかっただけなのだ

今日も自転車に乗って会社に行く
速力は風よりも遅い

年月という負債と一緒に走っているからなのか
あるいは置いて行かれることに慣れてしまったのか

でもそれは直立二足歩行を
やさしく無言で援護してくれる
素敵なな乗り物

今でも思考の速度と動作がおそくなった僕の
ちょっと軋んだ盟友でもある








自由詩 自転車に乗って Copyright 梅昆布茶 2015-02-05 21:34:41
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