父よ憤怒の河を渉れ
平瀬たかのり
お父さんは近頃おもしろくない
洋子の微笑が何よりおもしろくない
あらためて増えてもみた透けてもみた消えてもみた
しかしそのたびに穏やかに見つめてくる
かの慈母のような微笑が
はなはだおもしろくない
洋子はそうであってはならないはずだ
我が変態にはいつもぷんすかしていなければならぬ
お父さんは常かように思っているわけだが
洋子は既さように思っていないわけであり
それは現場と上層部に横たわる溝以上の乖離問題
まさに男と女の間には深くて暗い河があるローエンドロー
お父さんは怒っている
たかが恋のひとつを経たくらいで
慈母の笑みを獲得するなんて
やめなさいそんな目で増えたお父さんを見るのは!
何が「もう やぁだぁ(笑)」だ!
何が「あはは おっかしい(❤)」だっ!
お父さんはおまえをそんな娘に育てた覚えはありません!
お父さんは下戸であるが飲まなきゃやってられない
だから一週間前から養命酒を飲み始めた
もうお父さんは不良になってしまいそうだ
だから昨日エレキギターを買ってみた
けれど養命酒はお父さんを健康にするばかりで
エレキギターで不良になれる時代はとうに過ぎ去ってしまった
見えるかお父さんの流す血の涙が!(養命酒くさい)
お父さんは上り框に立っている
もう増えも透けも消えもしない
変態に頼りはしない
振り返るなロー、ロー!
ドアノブが回るのをひたすら待っている
洋子の「ただいま」をいじらしく待っている
コートの下すっぽんぽんのお父さん
のどぼとけがごきりと動く
父の字の上半分を無理やり吊り上がらせて
(二連六行目・五連四行目
能吉利人作詩『黒の舟歌』より)
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お父さんと洋子ちゃん