言葉の切れ味2 迷刀たち
イナエ

   迷刀スパイ

ぼくが国民学校に通っていたころ
鉛筆削りや竹細工には
折りたたみナイフ「肥後守」を使っていた
喧嘩のときも肥後守をちらつかせれば相手はひるんだ

その頃
日本では本土決戦が近いとささやかれていた
ぼくは決戦になったら肥後守で相手を刺すのだ
相手はマシンガンを腰だめにしていることも知らずに
そんなことを考える軍国少年だった
学級には
戦闘機の機影で友軍機か敵機か判断できる優れた軍国少年がいて
ある日彼は得意そうに言ったのだ
「昨日 男と女のスパイが晒し者になっていたので
 石ぶつけてやった」

ぼくの家は国鉄の線路脇にあって窓から
蒸気機関車に曳かれた貨車で
馬や牛や石炭が運ばれるのが見えた
ある日幾つもの無蓋車が
砲身の突き出た物をシートに包んで運んでいった

明くる日 それをあの優れた軍国少年に話した
そのとき彼の機嫌が悪かったのか
彼の知らない情報をぼくが知ていたことが気に触ったか
「お前はスパイだ」と切り付けてきた
取り巻きどもも一斉に斬りかかってきた
この言葉は肥後守より鋭くぼくを抉った

その日からぼくは全ての友人を失い 暗い心で 
ひとり
教室の片隅に佇んでいるほかなかった
学校が空襲で焼け落ちるまで

   * * *
 
   非国民・国賊

もっと鋭く斬れたのは「非国民」だった
大人だって斬られるのだ
警戒警報の出たある夜
今度はこの町が空襲されるという
根拠の無い不安にかられ近所の人は一斉に逃げだした
けれども 郊外に出る踏切の遮断機は降りていた
その前では在郷軍人が怒鳴ったいた
「こんなときに町を捨てて逃げるのか
 お前らは非国民か 国賊か」

  ああ「非国民」神国日本から除外された日本人
  竹槍の訓練や防火バケツのリレーを休んだ「国賊」
  この言葉に斬りつけられたら
  即座に死んでしまうのだ
あの八月一五日これらの刀が折れるまでは

  * * *
  
  時代錯誤

ぼくが新制中学に入学して
日本がアメリカに監視されていた頃
「時代錯誤」と言う言葉がよく斬れた
何か気に入らないこと言われたら
お前の言っていることは「時代錯誤だ」と言えば
相手は倒れた
  
  近頃
  昔折れた刀を修繕している者が有るらしい
  銘は「国賊」だとか「非国民」だとか
  その刀で襲そわれたら
  すでに物置の奥に片付けられた「時代錯誤」を取り出して
  返り討ちに出来るだろうか
  迷刀「非国民」・「国賊」に比べたら
  遙かに切れ味は良くないようだけれど 


自由詩 言葉の切れ味2 迷刀たち Copyright イナエ 2015-01-07 17:33:49
notebook Home 戻る