洗練された実在しない生活の話
木屋 亞万

洋楽の歌詞を日本語に訳したみたいな
とても洗練されているけれど実在しない生活の話をしよう

朝が来てやけに真っ白な部屋
だれかが一晩眠ったとは思えないほど整ったベッドのなか
そばでまだ君が眠っているんだ
ベッドがきしんで君が起きないように体を起こして静かにカーテンを開けるんだ
この部屋はまだ朝が来たことに気づいていないみたいだから
どんなに寒い冬の日でも少しずつ夜は短くなっていくんだ
地球が首を傾げたまま太陽の周りをまわっているから
肥料の行き届いた花壇に水を撒くようにコーヒーを淹れよう
マグカップの周りで白い湯気が湖に浮かぶ霧のように渦巻いている
今日は仕事のことを考えなくていいんだ
君と二人どこかへ出かけて
楽しい休日を過ごすことだけに夢中になればいい
縄を解かれた犬のようになって公園を散歩してもいい
すこし遠くの評判のいいレストランでランチをしてもいい
君がずっと見たがっていた映画を観に行くのも悪くない
一人でしたいことなんて何一つ思いつかないのに
そばに君がいるだけでどの予定も輝いたものに変わるんだ

空は青い広くて大きい
川のそばに行くまですっかり忘れていたことさ
都会には身を寄せ合うように高いビルばかり建つので
観察箱の中に閉じ込められた蟻みたいな気分になるよ
動き始めれば億劫なことなんて何もないのに
目が覚めて何かにとりかかる前に
面倒くささに支配されてしまったら
メデューサに見つめられて石化した人のように
心の底から凍り付いて何もできなくなってしまうんだ
気が付けば午後の四時が近づき慌てて家を飛び出すけれど
駅の駐輪場にはもうたくさんの自転車が止まっていて
街には休日を楽しみきっている人であふれていて
自分だって何か楽しいことをしないとと思いながら
いいアイデアを一つも思いつかないまま街をさまよって
何一つ満足できないまま休日は終わっていってしまうのさ
夜が来るのが怖くて寂しくて
誰にどうやって助けてもらったらいいかわからないんだ
そばに君がいるだけで休日は輝いたものに変わるんだって
もっと早く知ることができたらよかったのに

夜が来て明日からまたしばらく自分の弱さと戦わなければならなくなっても
社会が厳しい仕事を突き付けて心を追い詰めてきたとしても
一つひとつの作業を淡々とこなしていけば
週末には成就した恋愛が待っている
君の笑顔で苦しかったことを吹き飛ばしてくれる
消えていくことがわかっている憂鬱は怖くはないよ
理不尽な要求も横柄な上司もふがいない失敗も
たった一つの深呼吸とともに踏ん張ることができるんだ
金曜日の夜に向かって確実に仕事を終わらせていこう
煙草を吸うために休憩していく同僚のように
君と電話したり君にメールしたりして
元気を補充したいと思うことがある
我慢しきれずに連絡してしまうこともあるし
君の写真を眺めるだけのときもある
いつでもそばに君がいる気がして日々は輝きを保っているんだ

洋楽の歌詞を訳したような日々が
この広い世界のどこかに存在しているかもしれないし
たとえどこを探したってそんなもの存在しなくても
洋楽を聴けば洗練された幻想が
日常を少しの間わすれさせてくれるはずだよ


自由詩 洗練された実在しない生活の話 Copyright 木屋 亞万 2014-12-29 00:31:58
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