母の胸
イナエ

友といさかい冷えた心で乗った電車
開いたドアからはいりこんだ冬の風が
通り抜けていく

二・三歳の男の子を連れた若い女が
隣にすわり 子を膝に乗せる

子の足がずれて
座席のあかいビロードに乾いた土を付ける
女は土を払い 子どもの足を膝にもどす

子は わざと足をずらす
女は子どもの足をもどし小声で言う
  いけません 

子は むずかり
跳ね上げげた足が
私の膝をかすめる

女は すみませんと言い 抱き直す
私は顔も見ないで 会釈する

子が私を見る
気付いて私は 
子どもを見返す
  
子の目が 
上目使いになる
私は微笑む

ふいに 子は
顔をゆがめ
母の胸に押しつける
嗚咽が豊かな乳房の間から漏れ出る

私はどぎまぎする
きっと 
この子に解ってしまったのだ
微笑みの奥に潜む冷えた心が


  大人の心をのぞいてしまった子よ
  たくさん泣くがいい
  そして
  温かいお母さんの胸で
  私から感染うつった心を
  たっぷり 暖めてもらうといい
  
  大人になったら
  お母さんの胸は
  もう ないのだから 
                 「一軒家」より 一部改作  


自由詩 母の胸 Copyright イナエ 2014-12-20 10:10:29
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