昭和32年の冬
吉岡ペペロ
小さな石段をおりて狭い路地を駅へと向かった
男はシンプルな出で立ちで女は濃い化粧をしていた
あのころ働く女たちは皆そんな化粧をしていた
商店街に入ると両際がプラスチックで出来た季節外れの桜で飾られていた
それがふたりの肩にあたるようだった
女は手袋をはずした
そして男と握手してまた嵌めなおして別れた
女が帰宅するとちゃぶ台で生き方が話し合われていた
父と兄が口論していたのだった
父は朝から就寝まで苛々しているようなひとだった
冷たい雪のなかに兄が消えて行った
父は布団に座ったまま母に諭されていた
女が待つ冬はまだ来なかった
電話が鳴り響いていた
男の苗字のしたに女は自分の名を書いた
それは手を温めてくれる手袋ではなかった