昭和10年の秋
吉岡ペペロ

ひとつの大鏡を取り合い皆でお洒落をして私たちは出掛けた

石段を姉ふたりが下りるのを私はうしろからなかを分け入って駆け降りた

ハーモニカをふく少年とぶつかって私は謝り姉ふたりにあきれられた

少年はなにもなかったようにハーモニカをふいて石段をまたあがって行った

観劇のあとあした算術の試験があるのを思い出して私はひとり家に帰った

姉ふたりと別れるのは損したような気がして悔しかったけれど私は帰った

机に向かっていると父のお見舞いから母が帰ってきた

母は私にあきれ顔をして気の毒がった

代数の問題を解いていたら外からハーモニカの音がした

路地を踏む足音がいくつか聞こえた

母が芋をつぶして揚げたお菓子を持ってきた

したからはラジオの歌謡曲が聞こえていた

母と私、すこし離れて姉ふたり、父

昭和10年の秋はこんな宇宙のこんな距離のなかにあった

ハーモニカが遠くに聞こえていた

今朝私がぶつかった少年のふくハーモニカだった

石段をあがる少年がふいていた温かくて悲しいメロディだった







自由詩 昭和10年の秋 Copyright 吉岡ペペロ 2014-11-23 19:14:42
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