朝の日記 2014夏
たま

陽が沈むころ
コウノトリのコウちゃんは鉄塔に帰ってくる

ねぇ、コウちゃんいてないわ……。
洗濯物を抱えて二階から降りてきた妻がいう
鉄塔のてっぺんで夜をすごすコウちゃんは、まだ三才
個体識別番号はJ0057
繁殖期に入るのは来年だという
台風が近づいていた

ハトの夫婦は気の毒なぐらい不器用だった
三年越しでようやく、我が家のケヤキの枝に
巣をつくることに成功した、と思ったら
もう、産卵したみたいで
夫婦が交代で巣篭もりをしている
二階のベランダからこっそり覗くと、卵は二個あった
ハトの巣はあばら家みたいなものだから
台風が来れば、家屋全壊は避けられないだろう

ほら来た、十八号だ

一夜明けて
なんとか全壊はまぬがれたけれど
卵をひとつ、庭先に落としてしまった
冷たくなった卵には
いつ孵ってもいいようなヒナの顔が覗いていた
庭の隅の水仙の傍らに埋めてやる
難をのがれた巣の中の卵は、翌日には孵化したみたいだ
三日ほど親が添い寝して
あとは、餌を運ぶだけ
夜がきてもヒナはほっとかれる

れんちゃんと夜の公園を散歩する
コウちゃんは鉄塔のてっぺんに立って
眠っているのだろうか、それとも
わたしと、れんちゃんを見下ろしているのだろうか
今はもう、化石でしかない恐竜の頭や肩には
羽根があったという
そんなこと、今ごろ気づくなんて
鳥を見たら、わかりそうなものに
人間の想像力もアテにならないものだ

二週つづけて台風がやってきた
十九号だ

孵化から一週間、ハトのヒナはぐんぐん成長するが
親のいない巣でどうやって風雨に耐えるのか
いや、どうもこうもない
耐えるしかなかった
ケヤキの枝はなにがあっても折れない
風速二十五メートルはあるだろうか
ヒナを乗せた巣は、大シケの海を往く小舟のようなもの
半夜、小舟は揺れつづけた

五日後、ヒナは無事に巣立った
あばら家の巣も、ちゃんと枝の位置を心得ていたのか
幼いクチバシのまま
母親を追って
なんの挨拶もなしにヒナはいなくなった
なんな、あいつら……と
人騒がせなハトの親子に、妻は不満らしい

秋が深まって
コウちゃんもいなくなった
生まれ故郷の京都に帰ったのだろうか
わたしは春先から蓄えた髭を落として
少し、若返ったけれど
鏡の中の顔はどことなく
羽根のない
恐竜みたいだった












自由詩 朝の日記 2014夏 Copyright たま 2014-11-19 10:15:16
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