実は
ドクダミ五十号

干瓢巻きは
難しい
お客様にお出しするまで
手間も時間も
職人の真心も
たっぷりとかかる

干瓢は戻す前に
海苔よりいくらか短い板に
巻きつける
余りを切り落とす
そうすると煮たあと
ちょうど良い長さに
切り落としたのは棄てない
散らしに使える

海苔は仲買人から買うが
海苔の売買は一種の博打
お茶もそうだが少ない見本と
値段で選ぶ
感が良く儲けに走らず
人の良く信頼できる仲買人と
懇意になるのは難しい

戻した干瓢は塩水でもみ洗いし
そしてほんの少しの塩を加えた水から煮る
砂糖と味醂と醤油を加えるのは
歯ごたえを残しながら柔らかくなる寸前
ベチャベチャと歯ごたえの無いのはダメだ
硬すぎず柔らかすぎない
難しいよ

巻く前に海苔を炙る良い香りが
お客様の喜ばせると信じて丁寧に
シャリは握りのそれより少々甘目
巻物用に別にシャリを作るのは大変だ
でもお客様が美味しいと微笑んで下さるなら

シャリを手で細長く形作る
両端が少し太い
端が痩せた海苔巻きほどみっともない商品は無い
其れを海苔に乗せる両端に指を添えて
のりしろを残して優しく指でのばして
のの字する店もあるそうだが
綺麗にタネをシャリが覆いそれを海苔が巻いている
私の理想であり指紋が消えるほど目指した理想だ

海苔巻き用に煮た干瓢を切ってシャリに乗せる
手前から向こうに巻き簀ごと素早く
シャリとシャリがのりしろを残して合わさる
転がす様に巻き簀を引く
そして三本の指で鼓を形作る様に押さえる
あくまでも優しく

そうすると四角く誰が何処の部分を食べても
美味しい干瓢巻になる
切り口が荒れない様に三等分に切る
素早く切るのがコツだ
寿司切り包丁でも良いが
断面をつぶさず切るには向かない
柳刃を手水含ませた布巾で拭いて
そして包丁の刃の端から端まで使い
引き切るそうすれば切り口も

こうして書くと簡単に海苔巻きが作れそうですね
レシピとは体に染み込んだ動作まで伝えられない
体の記憶を補完しない
作る事でしか上達しない
時に盗み考えながら
教えて下さいと頼んでも
馬鹿かお前はと言われて
恐ろしい気迫に満ちた瞳を向けられる
無言で

さあ美味しい干瓢巻を折りに入れて
或いは経木で包んで
愛しい人と出かけましょう
結局は愛情の
真心の染み込んだ味が
微笑みを生んで
職人でさえそう望んで職人になるのです
お父様やお母様だって恋人だって
苦労してそれを苦とせず
成し遂げ
そうして暖かを得るのだと思います

さあ!甘くて塩っぱい干瓢巻きを
愛する人に


自由詩 実は Copyright ドクダミ五十号 2014-11-13 07:24:32
notebook Home 戻る