乱世
春日線香

握りこぶしが茹でられてしまった
蝉しぐれのたらたら坂を
真っ赤な両手を引きずって上っていくと
向かいにやってくるのは
はたして豆腐小僧

「そんな」
「そんな腕で来た」
とは早口の詰りで
練った豆腐を丁寧に塗りつけてくれる
大豆には大豆の理論があるのだろう
昼日中の往来で
睦み合うごとくに覆われていく眼前に
大門が伸び上がる
草に被われた

古風な屋敷が用意されているのだ
百年も続く将棋が
争われている空間で
わたしたちはさもしく川魚を食べることだ
戦いは右に振れ
左に振れ
敗者は調理されて舌の上に乗る次第

「うで」
「うで」
どうやら決定的な一手が突き出されようとしている
が残念なことに腕は茹でられてしまっているので
わたしは言うしかないのだった
「知らんがな」

蝉がみしっと鳴き止む

それからまた百年


自由詩 乱世 Copyright 春日線香 2014-11-03 18:02:06
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