大トロが食べられない
栗山透


「たとえば」
と、あなたは話しはじめる
私は耳を傾ける

「僕は大トロが食べられない
 脂身の繊維の切れ目が、傷口みたいに見えるから
 僕は小学生のころ、肌が弱くて肩の皮膚がよく裂けていた
 じんじんして体操着には血がついた
 腕を下へ振り下ろすと痛むんだ」

そう言うとあなたは右の肩を手で押さえた
苦々しい顔でこっちを見る

「大変だったね」私は言う
板前が大きな包丁を使ってマグロをさばく姿を想像する
もっと大きな傷を負ったマグロ

「今はすっかり治ったのね、肌」
つけくわえて私は言う

「あぁ」
あなたは手を肩から離して答える

「でも、まだ大トロは食べられない」


自由詩 大トロが食べられない Copyright 栗山透 2014-10-25 18:05:34
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