「きざむ」
小夜

なんどでも振り返り
なんどでも悔やむ
選ばなかった道のこと
なりえたかもしれない自分のこと
なにひとつ定かな記憶もないのに
分かれ道の向こうの小さな光が
やけに瞬いてまぶたに刺さる

けれど
あそこで違う道を選んでいたら
今日あなたには会えなかった
向こう側の私が輝かしくても
こちらの私がふがいなくても
あの日 あの道を選んでいたら
今日あなたには会えなかった

地下鉄の中
夜の頂点も過ぎて
アナウンスの口調にさえいらだつ人たち
隣の人を人と知らずに
たどり着いた扉へなだれ込む人たち
ため息を飲みこみながら
それでも
その人たちの選ばなかった
もう一つの道に気づくとき
枝分かれした道の果てしなさに
ぼんやりとしながら
居合わせたすべての人が
幸せでありますようにと思う
選ばなかった道の分だけ
選ばなかった手のひらの分だけ
今日たどり着く寝床が
あたたかくありますようにと

今この手にあるものだけで
作り出せる一番のきらきらを
この夜に刻みたい
すれちがうひとたちすべてを
優しくあたためたい

選ばなかった道の先が
どれほど輝かしかったとしても
あの日 あの道を選んでいたら
今日 あなたには会えなかった

会えてよかったと
せめて
笑ってもらえるような
私であるように

この手に今あるすべての瞬きを
本当だと信じて
また
歩き出す

どの瞬間が違っても
きっと
会えなかった
迷う日々はまだ
続くけれど
ふがいない私もまだ
続くけれど
この胸のふるえを
抱きしめて
歩いていく


自由詩 「きざむ」 Copyright 小夜 2014-10-20 00:38:19
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