故に其の場所で彼は踊る
塔野夏子

ひとたび彼が其の場所にあらわれたなら
ひとことも言葉を発さずとも
彼の身体が その動きが生きた詩と化す
時に抒情であり 時に抒事であり
時にそれらを超えた何かである

彼の背後の書き割りは
夢のようにひとりでに変わりつづける
彼をめぐって
姿なき無数のコロスが歌いつづける

其の場所で
彼は世界の誰よりもあざやかに存在する
でありながら同時に
とめどなく彼方へと
彼の存在は辷り去りつづけている

彼の憧れ それが
彼方へと辷り去りつづけてやまないものだから
其の場所に在るとき それが
その憧れが最も極まるときだから

かくて彼の曳く光芒はかぎりなくせつなく
彼の輪郭を際立たせ
彼を見る者の胸を深々と奏でるのだ
未知へのノスタルジアの不思議な調べで





自由詩 故に其の場所で彼は踊る Copyright 塔野夏子 2014-10-13 10:24:28
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