黒い電線が網目のように空を巡る朝
オイタル
黒い電線が網目のように空を巡る朝
ポンコツみたいな雲がひとつ
薄い空にくっきり張り付いていた
両側の木々は背後に蛇腹に折りたたまれていった
眠れない哲学者のように旅客機が
あちこちに佇んでいた
人々は夏の蜘蛛のように動き回り
しゃべりあい
書類や机や旅行鞄を指さしていた
際限もなく
空港の待合所の逆光の中で娘は
幾人かの人たちといくつかのものたちに
少しずつさよならを言った
階段を上り
ゲートをくぐり
少しずつうすれていった
やがて階段を下って
ぼくと妻は黙って見送った
彼女の前に広がるのは
ぼくたちの見知らぬ時間と空間
おしゃべりと涙
ポンコツみたいな雲はもうどこにもなく
折りたたまれていた木々は僕たちの前に
親しい隣人のように黙って手を広げてくれた
遠い山並が仰向けに空に眠る午後