あのときガス管を咥えた純白のネグリジェのあなたに
草野大悟2
イチョウが裸になるころだった。
あなたは、白く横たわっていた。
せまい台所のカーペットのうえに。
口にガス管が咥えられていた。
明け方だったとしか記憶にない。
おれは
そのころ
東京から帰ったばっかりの
塾の非常勤講師だった。
収入は日払いで、不安定極まりない暮らしが続いていた。
毎月きちん、きちんと収入のある公務員の家庭に育ったあなたには
耐えられなかったのだろう
ある日
初めて会ったときのような鋭い眼差しであなたは
おれを射すくめたのだ。
おれの中のナニカが
切れた
右手があなたのひだり頬にとんでいた
一瞬のことだった
あなたは大きな瞳をもっと大きく見開いて頬を押さえ
おれを見据えた。
見据えた瞳がこれまでの真実すべてが虚構だった、と
虚構だった、と
潤んでいた。
おれは
あなたを
抱いた。
抱きしめた。
あなたは
あなたのすべてを賭けて
それを拒否していた。
あの時
おれが
もうすこし
大人であったのなら
そう、強くおもう。
大人であったなら
あなたにガス管を咥えさせることもなかった。
大人であったなら
あなたを殴ることなど
けっしてなかった。
今日
あなたの入院先の病院に行った。
あなたは二人部屋の入口に近いベッドで
抗生物質の点滴を受けていた。
あなたの神経のように細やかな静脈に
なんども針を刺された跡がガーゼで覆われていた。
切り取られた鶏足のようなあなたの手に突き刺さった針から
ぽとん、という音がした。
抗生物質がリズムを刻みながら
あなたの体の中へと吸い込まれてゆく様を
おれは
ただ
佇立したまま
見つめていた。