嬋娟な美女
陽向
雑沓する街で
嬋娟たる美女が
憂愁な表情を浮かべて
ベンチに坐り
てかけで頬杖を突いている
通り掛かった彼は
思わず恍惚とし
胸の奥でときめく潮騒に
若干驚きつつも
長い間足踏み状態であったから
久しぶりのその響きに
靡かれていた
だからと云って声を掛けようとは思わなかった
その響きの後の会話はいつも決まって躊躇してしまうのだ
もう帰ろうかしら
それでもやはりもっと見ていたかった
振り向かないでと祈りながらも
振り向いてほしい気持ちがあるのは
ことに辛かった
そんな物思いに耽り
いつの間にかあれこれと物思いに耽ることに夢中になっていて
ふと我に戻りベンチを見てみると
美女はもういなくなっていた
何処かへ行ってしまったか
彼は美女の坐っていたベンチに腰掛け
てかけで頬杖を突きながら
「あの嬋娟な美女ともう会うことはないんだな」
と思うと
さっきの出来事の端緒から今の自分までを思い浮かべ
憂愁の風が彼の内側から発せられた
少しの間また物思いに耽っていると
誰かの視線を感じ周りを見てみたら
あの嬋娟な美女が
さっき彼が眺めていたところから彼を見ていた
美女は彼を訝しげに見遣ると
近寄ってきて隣に坐ってもいいかと彼に尋ねた
彼は端に寄れるだけ寄ってどうぞと言った
それから二人は結婚した
彼女はただ またベンチに戻って
店で買った昼ごはんを食べようと思っていただけらしい
彼は自分を見ているのかと思って声を掛けたが
美女は誰かが坐っているくらいで見ていたのだ
彼はその事を知らずにいる
だが話は弾み打ち解け そういう結果になった
楽しく静謐な日々が二人に宿ったのだ
*フィクションです