一瞬に輝く
田園
「後悔はしていない
海原はどこまでも広がっていく」
と
それは男の夢
私という女はその男を捨て
今は小さな小屋に住んでいる
どこまでも広い空を
四角い窓の外に出て
見る そして
今日の糧を有り難くも頂戴している
それが私の労働のはじまり
孤独が
絶望が
私を支配した時代があった
男はその時すでに夢に向かっていて
私をふり返る事は無かった
私は一人だった
足掻いた
笑われまるで肥溜めで溺れているような
そんな時代だった
私はただ死ぬのが怖くて恐ろしくて
生命を必死で酷使した
吐きたくなっても
泣きたくなっても
大げさだと笑う“彼ら”を目の端でとらえ
それでも私は生きた
私を殺そうとした“彼ら”
―今思うととても人間らしかったが
私は憎み それ以上に恐れた
その人間らしさは私の人間らしさと違ったのだろう
それだけだったのに
そこだけがずれた歯車だったのに
だがやがて“彼ら”は飽きて
私を忘れた
私は一息ついて
生きている
と呟いた
気がふれた私と酷く冷静な私と
二人が笑った
疲れた
しかしもう殺されることはないという
安堵の笑みだった
私の恨みは昇華され
“彼ら”は幻のように消えた
暖かい木漏れ日が降り注ぐ
孤独は友となり
肥溜めは清らかな水に変わった
いや最初からそうだったのだろう
気まぐれに私は醜い部分だけを見ていたのだろう
魂は壊れそうな脆いもの
星空にそう呟く
どれほど前に瞬いたのだろうその光は
こんなにも こんなにも綺麗なのに
それでも都会のネオンはきらびやかで
二重になって私の記憶に残っている
昔
お手手つないでたい焼きを買いに行った父のしわ
男は無論帰ってこない
私もそれを望んでいる
それぞれが正しくて
それぞれが間違っていた
そんな青い時代を過ごした一組の仲間として
薄く笑ってさようならをした
少なくとも私は
それぞれがそれぞれに怠惰で
全力だった
諦め
足掻き
悟り
生活に戻る
それぞれ
父が居るかもしれない
恋人が居るかもしれない
何もないかもしれない
日常へと
生物は気まぐれな神の手のひらで
ワルツを踊り
サルサを踊り
やがて朽ちていく
脆いのは
私たちの意思
体
だが美しい星空は語る
人間も一瞬輝くと
よだかはそれを願ったのだろうか
分からない
だが一瞬輝けるのならせめて
“誰か”が泣かない世界に居たいと
そう願わずには言われない
少しだけ老いた私は思い
スープをもう一口
今日が始まる