79円
かんな




アスファルトに打ちつける
雨の勢いが強くなり
せっかくの買い物も少しずつ
憂うつさを増していた

家に帰れば君がいるだろう
早くしよう
と足の動きが速くなる
最近キスが足りない
出掛けに言われたことを思い出す

付き合い初めて半年で
早くも結婚に踏み切った私と君が
夫婦として歩んで
二年と数ヶ月が経とうとしている
最近キスが足りない、か

夕食は何にしよう
思考が瞬間的に切り替わる
重要なことは日常だと脳は知っている
しょうが焼きが食べたい

スーパーで豚肉を買う
帰路を急ぐと雨が一段と激しくなる
アパートの鍵を開けると
濡れたシャツで扉に体をすりこませた
そうして君が待っていた

今日はしょうが焼きなんだね
そうそうと相づち
他に何か買ってきてないの
ドラッグストアで歯ブラシくらいだよ
広告の品だったからね

食事や片付けを済ませると
ソファーでまったりした時が流れる
おもむろに君が言う
落ちていたよ、これ
一円玉が手のひらにあった

おつりだった
79円の歯ブラシを買ったんだと私
へえ安い
ねえ、キスしよう
またおもむろに君が言い出す

一円玉を宙に浮かせると
キャッチして私に見せた
1の数字をじっと見つめる私と君
スイッチがオンになる
そういう不思議な瞬間だった

キスしようか
たいせつな日常に
きちんと埋没するキスをしよう





自由詩 79円 Copyright かんな 2014-09-28 20:45:02
notebook Home 戻る