ライン
ホロウ・シカエルボク






書き連ねられた言葉には偽りがあるだろう、それが真に正直な思いなら初めから言葉などに化けはしないだろう、何か引っかかるものがあるからこそそいつは言葉に化けた、正直な言葉など万にひとつもないのだ

ある晴れた日曜の朝、騒がしい街の中を人の波を縫うように泳いで、繁華街の一番端の錆びた商店の廃屋に忍び込んで、ひとりの娘が首を吊った、十代の終わり間近の、肌の白い娘だった、青白く変色して、体内のあらゆるものを排出していたが、表情はまるで眠っているように穏やかだった、昼には臭い始めた、おかげですぐに発見されることが出来た、もしかしたら彼女はそんなこと望んでいなかったのかもしれないけれど

彼女はすぐに鈍感な幸せにどっぷりと使った連中の見世物になった、人だかりが出来て、携帯やスマートフォンのカメラのシャッター音があちこちでこだました、「キモい」だの「すげえ」だのと、お粗末な表現が雛鳥の囀りのように巻き起こった、そのうち臭いに耐えられなくなって、顔をしかめてそこを離れるものもいることはいた、でもそれは、臭いがどうのこうのというよりは、理性的な領域で許容出来うるか否かという問題なのかもしれなかった、「ツイッター」という言葉と「ヤバい」という言葉が聞こえた、警官がやって来て野次馬を下がらせた、警官たちは悲しいとも腹立たしいとも取れる表情で娘の死体を下ろし、死体袋に包んだ、奥に潜っていた警官が遺書らしきものを見つけた、二人ほどがそれを読んで理解しかねるという風に首を傾げた、そこに書かれていたのは短い詩のようなもので、死を選択しない者たちには決して理解出来ないだろう内容だったー死の種類の良し悪しをどうこう言おうというつもりはない、ただそれはそういう種類の言葉だったというだけのことだ

その短い詩の他に残されたものはまるでなかった、娘がどこの誰なのかそこにいる誰にも知ることは出来なかった、そしてそこにいる誰もがそういうことには慣れていた、納得することは出来ないがそれはそういうものだ、とそこにいる誰もが思っていた、おそらくどんなに探しても彼女が誰であるかということについては知ることは出来ないだろう、と

やがて娘は運び出され、周辺は簡単に片付けられ、警官たちは居なくなった、しばらくの間は愚かな連中たちのざわめきがあったが、やがて誰もそこであったことには興味を示さなくなった、人混みは次第にまばらになり、やがて誰も居なくなった、ひとりの老婆がやって来て静かに手を合わせて少しの間祈った、それだけだった、持主の判らない錆びた建物はそれきりどんな意味も持つことはなかった

書き連ねられた言葉には偽りがあるだろう、それが真に正直な思いなら初めから言葉などに化けはしないだろう、何か引っかかるものがあるからこそそいつは言葉に化けた、正直な言葉など万にひとつもないのだ、あなたはわたしの言葉を疑い、わたしはあなたの言葉を断罪するだろう、なにも語ることは出来ない、生まれてそのまま死んでいくたくさんの音節、塵と同じ存在の死が床に積もって、部屋は満ちていく、どんな嘘なら良かった、どんなデタラメなら…信じることも疑うことも容易い、本当に本当に何もかも容易い、紐を引けば明るくなる電灯のように容易い、信じるに値するか、疑うに値する、そんなものが欲しかった、たったひとりで眠るときに、たったひとりで目覚めるときに…わたしがあくびをするとき、目の端に残った目やにを気にするとき、それが嘘でも本当でもないというところにあったまま微動だにしないとしたら、それは…

娘の言葉は娘が望んだほどに広まることはない、それどころか誰の目に留まることもない、娘はやり方を間違えたのだ、何事かを残すのなら出処をはっきりさせておかなければならない、つまり娘は自分の存在を明らかにしておかなければならなかったのだ、嘘であろうが本当であろうが、つまりはそれが発するということであるのだから、それが何かを残そうとするものたちに課せられたしきたりであるのだから

無記名な文書はゴミ箱から焼却炉へ、そして灰になり無意味に積もっていく、彼女が見ていた言葉と同じように、彼女が見ていた存在と同じように…彼女の真っ白な骨はなにも待たぬまま、暗がりで遮断された運命の中に眠っている、日付は進行し、様々な出来事が日常の中で記録されていく、そうして彼女はあるともないとも言えないささやかな物体になる、嘘や本当で計れないものなら良かったのだろうか。







自由詩 ライン Copyright ホロウ・シカエルボク 2014-09-15 12:29:57
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