タンス
島中 充

タンス                  太宰を愛読した母に
               
私は息を殺して そっと 新しいタンスに耳を当てている
朝から、母がタンスから出てこないのだ
怒りの大きさに後悔がわいた

小学生の時
出来の悪い答案を丸めて、学校の帰り、道端に捨てた
「落ちていたよ」
親切に、届けてくれた友達がいた
私はタンスに逃げ込んだ
タンスの外に耳をすましていると
カチャリ、鍵の音がした
私は怒鳴った 「鬼婆ぁー」
私はタンスに閉じ込められたことを言いたいのではない
母のタンスがいつも私が隠れるほど
空っぽだったのを不意に思い出しているのだ

きのう、母がへそくりを貯め、新しいタンスを買ってきた
周囲には撫でまわしたいような唐草模様が施してあった
団地六畳につめこまれた象を思わせた
私は古いタンスから、自分の物を新しいタンスへ運びながら
思わず、言ってしまった「タンスばあさん」
すると、母はひょいと扉を開け
タンスに入ってしまった

戦争から半世紀
あなたから、ばあさんと呼ばれるための歳月だったろうか
海ゆかば 水漬く屍、
あたしは神宮外苑に恋人を見送った
鬼とかタンスと違って
あのひとは、あたしをゆりの花にたとえてくれた
あなたは厚かましいと言っただろう
あたしも兵器工場に行かされた
友達が焼夷弾に燃えて、炎の山となって
それが、桜とか、撫子にたとえられた 死にざまだった
あたしは、こうして生きのびて、それだけで幸せ
あなたを育てて、それだけで幸せ
あなたが子供の頃、かくれたタンスは
見合い結婚の折、あたしが持って来たものだ
安普請だと思いながら
腹がへったと泣くから
洋服を売り払って
せがむから、あなたの物ばっかり詰め込んで
あたしの人生に似ているだろうよ
もっとゴージャスなタンスが欲しかった
彫刻が施してあるような
あたしのために 何もしてくれないくせに
新しいタンスにも自分の物ばっかり
どっさり抱えてきて、あなたは言ったのだ「タンスばあさん」
「タンスばあさん」とはなにごとだ オマエの物など入れさすものか
あたしゃ もうタンスに入って出て行かないから

私は息を殺して そっと新しいタンスに耳を当てている
タンスの中から、すすり泣きと妙な声も聞こえてくる
ギロチン ギロチン シュウル シュル 
シュウル シュル

       注、 ギロチン ギロチン シュウル シュル
                      「斜陽」より




自由詩 タンス Copyright 島中 充 2014-09-12 20:11:40
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