空っぽの 月
西日 茜
その箱はスケルトンの灰色で
どこにも蓋がみつからなかった
サイコロを転がすように その六面体の
一面ずつに番号をふって 開けようとしたが
開けられるような 切れ目がどもにもなく
途方にくれる毎日だった
あなたを直接抱きしめたかった
箱の中のあなたは いつも本を読んでいた
どうして本ばかり読んでいるのと聞いた
するとあなたは答えた
「いろいろなことが解るからだよ」
いろいろなことが解ってどうするんだろうか
いろいろなことが解ったって
私と触れ合えることがなければ何の意味も無いでしょ?
スケルトンの灰色の中のあなたは
とても美しく 白くて 髪はやわらかそうで
眼鏡の奥の瞳は穏やかで
ときどき 箱の中から私をふと見上げ
「愛している」と言った
早く、あなたを助け出さなければならないと
妙な正義感というか 偽善というか
まったく何かに憑かれたように叫びながら
なんとかして蓋を開ける方法を試したが
その蓋の出口や入り口がどこにも見つからなかった
七転八倒 狂喜乱舞 あなた あなた
あなたはいつも やさしく微笑んでいたのに
ついにその日が来てしまったのだ
「愛している」と言い残し
あなたは本を持ったまま
瞼をすっと閉じて そのままパタリと倒れ
動かなくなってしまった
とても残念だった
私は いつまでも あなたを眺めていたかったのだが
この手で抱きしめたいなどと思ったものだから
何か無理が起こってしまったのかもしれない
今は、箱の中にいたあなたのことを考えながら
空っぽになった箱を夜の月にかざしてみている
美しい 夜 空っぽの 月
ふとあなたの気配 静かに風が吹き抜ける