さくら
島中 充
さくら
ガラスの向こう そのむこう 窓ガラスのむこうに
水銀灯に照らされ さくらの花が満開でした
風が吹いたのか
さらさら さらさらと 寂しく花びらが舞っています
レモンの匂う芳香剤の病室で
死者はベッドの上に胡坐をかいていました
鬼籍に書き込まれた日々を
語ることのなかった履歴を 父は死んで初めて語ることができます
学問で身を立てよう
資本論を読んでいました 大学を追われ
二等兵になりました
しかたなく人を殺しました
癌は父の脳にまでおよび 脳の一部と片目を取りました
取り除いた片目と脳は 珍しいと 標本にされました
綺麗だなぁー ベッドの上に胡坐をかき 父は言いました。
脳はすでに癌に侵されていました
シーツを見つめながら 花びらが舞っていると 父は言いました
ホルマリンに浸された標本は ひっそりと棚の上に置かれています
窓の外 さくらは満開でした
父は ビンの中からじっと桜を見ていました
狂ったように昔日が舞っています