錆びついた歯車
まーつん

 論理というのは
 ギアボックスみたいなもの
 私たちの心に構築され
 その行動を、司る

 でも、
 スチールの
 箱の中に押し込められた
 小さな歯車の数々が
 錆びつき、牙が欠け
 回り辛くなってきている

 たとえば、
 震災の後に流行った、
 ゛絆 ゛って言葉とか
 今の僕には、白々しくて
 ゛約束 ゛とか゛義理゛とか 

 そうした、
 決まり文句のような
 一見堅固に見えた
 歯車の、一つ、一つ

 僕たちの、
 支えてきた倫理観が…

 それは複雑怪奇な
 鳥居のように
 僕らの心象風景のどこかに
 立ち尽くしていて
 僕なども、辛いことがあると
 それを、在り難そうに
 拝んでいたのだが

 鳥居の継ぎ目が
 軋み出し、螺子が緩んで
 何やら熱っぽい色の犇めき合う
 夕空を背にして
 崩れ落ちそうになっている
 気配を感じるのだ

 ギアボックスにしろ、鳥居にしろ、
 今、なんとなく、思いついた
 イメージなのだが

 それは、
 私たちの思考を
 駆動させるための
 仕組みであったり

 あるいは、
 私たちがすがりつく
 古くから受け継がれてきた
 価値観だったり

 そうした存在の、投影だ

 僕は今、
 何を信じていいのか
 わからない

 自分自身ですら
 疑いの目で眺めている

 ただ、
 歴史を振り返って
 それをお手本とすることを
 やめたいのだ

 隣人を見て
 その振る舞いを
 真似るということを
 やめたいのだ

 それらの
 行いがもたらす
 かりそめの安心感が
 僕には、恐ろしく感じられ

 そして、
 この恐怖感が
 侵食する錆となって

 ギアボックスの歯車を
 一枚、また一枚と
 痛ませている

 僕は
 新しい人間に
 なりたがっている

 今までの自分を
 殺すことで

 でも、
 苦痛に価値を
 見出すというような

 感傷に
 流されたくも
 ないのだ

 僕は、
 まったく見知らぬ人間に
 問いかけ続けている

 お前は、
 何になりたいのか、と




 僕が、僕に出会うために
 その前に立ち尽くす
 鏡は恐ろしく暗く
 そこに映る人影は
 恐ろしく白い

 まるで
 生まれて初めて目にした
 満月のように














自由詩 錆びついた歯車 Copyright まーつん 2014-09-08 21:00:20
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