立ち止まる子供
まーつん

 彼は詩人を
 気取る者

 内なる黄金を仄めかす
 持たざる者の、負け惜しみ

 だが
 言葉の剣が錆びついて
 振り回す手つきも憶つかず
 悪戯に、心の生傷を
 増やすだけ

 昼は
 空っぽの酒瓶を
 飲み口から覗き込み
 色硝子越しに浮世を眺め

 夜は
 枝の上で
 道草を食う鴉に
 世迷言を投げつける

 道行く人々を
 上目使いに眺めつつ
 開く気もない口の中に
 呪詛を転がす、飲んだくれ

 こんな
 野さぐれた男にも
 感性豊かな時代はあった

 総てがまだ
 始まりだった頃

 子供たちは
 傾けた小箱から
 道に溢れ出た
 沢山のビー玉のように
 周りの世界を見回していて

 彼もまた
 その中の
 一人だった

 澄んだ硝子玉は
 まだ、路肩の泥に
 曇ってはいない

 持って生まれた
 個性の色が
 光に透けて、輝き

 道の向こうでは
 大きな人影が
 手招きをしていた

 でも
 皆が駆けていく中
 彼は、ただ一人

 立ち止まる子供

 蒼い風の季節に
 緑の傘を広げ
 枝を打ち震わせる
 木々の足元を

 小さな人影が
 三々五々
 歓声を上げて
 走り去っていく

 そして、
 気が付けば一人
 取り残された少年が

 一本の樹を
 見上げている

 静かに立ち尽くし
 動かない生き物
 地に根付いた老木

 その声は小さく
 空気や、鼓膜を介さずに
 幼い心を直接、震わせてきた

 樹は語っていた
 経巡る季節について

 移り変わる星座で飾られた
 夜空の暗い天井が
 オルゴールの円盤の様に
 回ってゆく姿について

 己が体に宿る
 虫けらたちの
 営みについて

 根付き、育ち、実り
 与える、という
 行為について

 静かな泉に
 小石を投げるように
 樹の発するイメージが
 脳裏に波紋となって広がり

 魅せられた瞳は
 風に揺れ
 陽ざしに瞬く梢を
 見上げたまま
 動こうとしない

 転がらないビー玉は
 いつまでも
 透き通ったまま

 やがて、苛立つ母親が
 舞い散る枯葉の向こうから
 足音高くやってくる

 大きな手に
 腕を掴まれ
 早くなさいと
 引っ張られても
 足を踏ん張り抵抗し

 雨あられと
 降ってくる叱責

 聞き分けのない子
 扱いづらい子
 何を考えているのか
 分らない子

 その子はやがて
 泣くことを覚える

 世界との
 間に広がる隔たりに
 涙の川を流して
 橋をかけることを
 知らない

 今はまだ

 やがてその想いは
 言葉や歌や、絵となって
 二つの世界の間に
 渡されるだろう

 それは図らずも
 己が内に見つけた
 使命のようなものだ

 胸の檻に巣食って
 外の世界へと
 羽ばたかずには
 いられない翼

 他の誰にも
 見えない物を
 聞こえない声を
 伝えようとする欲求

 内と外との隔たりを
 埋めようとする
 意思の源泉

 そう、
 かつての僕や
 あなたのような
 立ち止まる子供が
 どんな詩人の
 中にも居る


 今、
 草なびく
 地平の彼方へと
 果てしなく続く道を
 前にして

 転がらないビー玉は
 いつまでも
 透き通ったまま

 酒臭い息を吐きながら
 街の路上に蹲る
 あの男の手にも


 まだ、
 握られたままだ






自由詩 立ち止まる子供 Copyright まーつん 2014-09-07 14:19:06
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