今年も
ドクダミ五十号

梅干しを
完熟した実を
塩に
およそふた月
ざるにあげて
日に晒す
塩分が凝結し
表面がきらきらら
結晶とはこれだね
豊満な実は
今やシワがより
熟していた面影は無い
けれどそれで良いのだ
身勝手ながら
大きいのも小さいものも
一緒くた
どいつもこいつも
しわしわさ
皮が破れた奴も居るが
それだけいとおしい
天候に左右されるが
時間をかければどうと言う事は無い
去年の梅干しも未だ有る
もっと昔の物もある
けれども毎年作る
習慣だろうね
秋は来た
みのりの秋だ
食卓を彩る数々を思うのだが
そこに一点
梅干し
絵の龍が生きていないと批難されるが
それは生を欠いているからだろう
和食の膳にては
最も欠かざるべき脇役として
飯の隣に小鉢にぽつん
梅干しがあるのが好ましい
もちろん自家製の物である
西洋人には理解不能だろう
梅とプラムを混同するくらいだから

今年も日にさらされて
私の梅干しは完了する
恐らく私が死んでも
梅干しは腐敗せず
その魅力を発するだろう
棄てられなければの事だが

遺書に記そうかな
「梅干しは誰でも良いから味わって下さい」と

酸っぱく塩っぱい梅干し
季節を保ちつつ
それを超越している

私はそれを愛しています


自由詩 今年も Copyright ドクダミ五十号 2014-09-05 08:44:33
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