窓枠屋さん
はるな


どれだけ乱雑に穴をあけてもあなたが上手に枠をつくるので素敵な窓になってしまうのであった。わたしの体
あおむけにした手のひらは雨をうけても陽をうけてもなにかを掴むことをせず、笑ったり泣いたりするのとおなじように濡れたり温まったりした。みじかく刈った髪も伸びてえりあしを隠し、反比例する汗をひきとめる。「窓枠屋さん」、それはかたちを把握できる人。わたしはいっそ、わたしのかたちの枠をしてほしかった。そうすればこれ以上、(     )。
からだはやっぱり入れ物なんでしょうか。と考えるとき、わたしのまぶたは重たく垂れている。妊娠と出産を経験したため、この一年間でからだのかたちはめまぐるしく変わった。そして少しずつ、一年前のかたちへ戻っていく。どこそこに変化の痕が残るのが悲しいような気がするが、喜ぶべき変化だという人もいてよくわからない。娘にとってはわたしは十か月間の入れ物であったには違いないが、わたしは良い器だっただろうか。あの日望んだとおりに枠をいただいていれば、娘に会うこともなかったのだな。わたしの望みはわたしのかたちをしていない。嘘つきでいじきたないかわいいわたしの不安ちゃんたち。そのうちの多くが窓から出て行ってしまった。

足首にあたらしい紐を結んだ。
わたしはわたしが持つ不安や疑問、問題のすべてから解放されたくないのだと思う。それは長いあいだわたし自身であったから。傾くことも、開くことも無くなってしまって、あとどれがわたしであるか、といったら、やはりこのからだから出ることができないでいるぐずぐずしかないのだ。
出ていかなければならないと思っていた。つねに遠くへ行きたがっていなければ本当ではない。わたしたちは、わたしたち以外にならなければならない。ぎりぎりではなくて、もっとずっと違うところを思うべきだ。まだわたしは逃げている。そして、
濡れた影をまたいであのひとはやってくる。何を言うだろうか、何も言わないだろうか。あのひとのかたちで世界はやってくる。わたしは、何を思うだろうか。


散文(批評随筆小説等) 窓枠屋さん Copyright はるな 2014-09-01 21:10:39
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