ぶっつけ未詩 8 (煮たヨルナ)
Giton
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小学校に上がったころだろうか、もうちょっと前だろうか‥
家の近くのターミナルにあった工場の塀に、この文字が平仮名で大きく書かれていたのだ:
にたよるな
ぼくはそこを通るたび、おぞましい想像に恐怖をいだいたものだ
よるな とは、何なのか?
煮られてしまうのか‥?
もちろん、ぼくはその よるな という恐ろしい生き物について その土色のぶあつい壁の向こうで日々煮られている悲惨な動物たちについて、あらゆる大人に問いただしたものだ
母にも兄にも叔父にも祖母にも‥ ありとあらゆる身近な人に、ぼくは懸命に何度も質問した
しかし、大人たちはただ笑って、ぼくの理解できない説明を並べるだけで、よるな については何も教えてくれなかったのだ‥
そのために、ぼくはますます恐怖にとらえられた
それはきっと恐ろしい秘密にちがいなかった。こどもに教えてはならない大人たちの秘密にちがいないのだ。
そしてしだいにぼくの想像はふくれあがって行った。よるなはもはや、豚やニワトリのような家畜ですらなかった。
よるなは、こっそりと攫われて集められたこどもたちなのだ。
土色のコンクリート塀の向こうでは、おおぜいの攫われたこどもたちが、大きな鍋で煮られているのだ‥
ぼくの想像は、もはや確信に達していた‥
塀の向こうで鍋をかきまわしているアラビアンナイトの魔人の姿さえ、ぼくにははっきりと見えていたのだ。
そして、学校給食に野菜の煮付けが出るたびに、これは夜菜に違いない‥ あの工場で煮られた夜菜に間違いがないとの確信から、ぼくはどうしても食べることができなかった‥
偏食だと言われても、口に入れるのは無理だった。もちろん、食べられない理由は、教師には絶対に言わなかったし、友達にも言えなかった。
もし、ぼくがヨルナの秘密を知っていることがばれたら、自分がとらえられて給食の煮付けにされてしまうことは明らかだったからだ。
ぼくは、給食のおかずを食べたふりをして、こっそりと捨てていた。いつか見つかって、ヨルナにされてしまう恐怖にさいなまれながら‥
何年かして学年が上がり漢字を習ったあと、ぼくは久しぶりにあの塀をじっくりと見る機会があったが、すでに工場は移転し、塀の向こう側は、今では空き地になっていた。
警笛にたよるな
表面は古くなって、ほとんど砂のように黒くなった塀には、かすれて消えそうな黄色い字が書かれてあった。
大人たちは、ようやくヨルナを煮るのをやめたのだ、とぼくは知り、ほっとしたが、
こんどは、どんな恐ろしいことが始まるのだろうかと身構えた‥
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