穴は穴ごと穴のまま
はるな


時間という途方もない罪のなかで、許されるとしたら何があるだろう。たとえば夜、わたしは座って往来を聞いている。電車の行き交う音とサイレン、携帯電話にむかって笑う若いひとの声、風。時折虫が、(蝉だろうか)、じりじりと何かにぶつかって落下するのも聞き取れる。そして寝息。二十七時半にひどくかすれて響いた「待った?」
わたしのある部分は、(それはもしかしたら穴と呼ばれるかもしれない)、失われてしまったと思います。そしてその部分は、言葉にするのがむずかしい何かとひきかえだったのではないかとも思う。わたしは、それが穴ならば、埋まるものだと考えていた。そもそものはじめから空いていた穴だとしても。でもそうではなかった、穴は穴ごと、穴のまま、どこかへ失われていった。はじめから無かったようにして。

常にわたしを抱いていた不安はもはや空気のようになって、安心と見分けがつかない。あれもこれも、良いとも思えるし良くないとも思える。わたしはそもそも正しいことがしたかったのです。何が正しいのかを考え、何が自分に必要で、何を欲しているのかを考え、考えることが術でした。でもやっぱりもう上手に考えることができないのです、考える隙のないほど、必然で、重要な行動が増え、そうすると昼はいつの間にか夜になり、夜には眠らなければならない。なぜなら、朝にはまた起きてすべきことがある(はず)なので。わたしの愛は、わたしの体から転がり出て、そうだな、ちょうどうちの居間の、いちばん大きな窓のこちら側にある。そこでわたしと、わたしのまわりの物ものをながめている。

気が付いてからずっと、もう遅いと思っている。九歳のときも、十六歳のときも、二十一歳のときも、ずっと、ああやっぱりもう遅いと思った。今も思っている。生きるのにも死ぬのにも遅すぎるし、これからも遅くなり続けるだろう。わたしはいまやっと、十五歳のわたしのための墓標を立てている。

意外だったのは、わたしがもう少女ではないと感じたことだ。
いつまでも彼女は(彼女たちは)、わたしであり続けると思っていた。
でも違った、女の子も、女の子たちも、そしてそこに脇役みたいにして登場した男の子たちも、もう、みないちように遠く、驚くほど思い出になってしまった。思い出!そんなものが許されるとすれば。(だって、許しも、それほど切実ではなくなってしまった。)
多くの記号が、穴を出て、またまっさらな記号へ帰っていった。そしてやっぱり穴は穴ごと穴のまま、どこかへ失われてしまった。


散文(批評随筆小説等) 穴は穴ごと穴のまま Copyright はるな 2014-08-21 21:15:41
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