小人
赤青黄
小人
――なんにもないのか、なんかあるのか
そんなことをめぐる、小さなお話。
幼少期の話だ。いや幼かったころの話だ。僕は蜜柑が嫌いだった。いや、ある日突然嫌いに
なった。それは僕がまだ果物が大好きで、野菜も、そうトマトだって嬉しそうに食べていた、
幼稚園生の頃の話だ。
昔からゆっくりすることが嫌いだった。僕はせっかちだった。するとほら何にもない所から
声が聞こえたもしもし、もしもし、ゆっくり匙を砂糖の海の中でかき混ぜるようにして、た
ぶん僕らは、不器用に生きてるってこと、そんなことばかり考えてられないさ。だって僕ら
忙しいし、死んだあとのことはよくわからないし、興味なんてないから。そう。
そんな時に小人を見た、とか、なんか意味あるのかなぁ、なんか意味あるんじゃない?意味
のないことなんてないさ、便利な言葉だ、後、世界観とかね、しらねぇよ。なんにも。なに
かしってんのかなぁ、僕って。さぁ、しってんじゃない?あ、は、あ、と読むことくらい、
今度「あ」を「い」って読む世界作っちゃおうか。作ってどうするの?広辞苑から「あ」の
項目を消してしまえばいいんじゃないの。それ、楽しくなさそう。たのしくはないさ、たの
しいことなんて、たぶん何も残らないから、唇をソット近づけて、離さない。ように発話し
てしまえば、そらすことなんて、できないよ。