あの赤い大きなやつを昔は支那では火と云ったんですよ。
──────宮沢賢治『土神と狐』
寒蝉敗柳に鳴き大火西に向かひて流るる秋のはじめになりければ
──────『西遊記』(中島敦『悟浄出世』)
こんなすがすがしい夏の夜は
鬱金シャッポ きつねの幻術
思いきり上等のいでたちを装い
野はらの恋人を訪ねようとする
天末を這うさそり 赤い目だま
流沙は滔滔と往き
石炭袋の深さは知るものとてないが
マジェランの星雲は今宵なお見えず
“大火は秋を燃やし尽くす浄土の原”
腰に提げた
贋物詩集ぷらぷらとゆすれ
ぼくは枯れはじめた草のうえを大股に踏んで
しらじらと光る
小径 あなたのもとへと
天末を這うさそり 赤い目だま
流れの音だけが耳に繁く
高ぶる心には何の根拠もないけれど
あの星は龍の心臓だったかもしれないなどと
枯れ草と楢の葉と綺麗に塗りこめた赤土の洞がぼくの
住処
夜空にぶちあけた無数のダイアモンド 壮麗のかがやき
そのひと粒さえ取って贈ることはできないけれど
あの星はあなたとぼくにふさわしいなどと
浮ついた言葉が丘の向うに消えるころ
宵も早半ばを過ぎて 夜空は白い舌を出す