かたい本
天地無用
“おかたい本は本店へお願いします”
学生アルバイトらしき若い男が
わざわざ立ち上がりそう言って
ナイロンの大型ボストンバックへ
ゆうに二十近くはあっただろう
書籍を詰め込みなおしてくれた
うなぎの寝床とまではいかない
狭苦しい店内の奥に木製台が一台
普段は初老の婦人が応対していた
天井まで聳え立つように置かれた
埃臭い棚が壁沿いに広がっていた
自転車で15分の国道沿いにある
教えられた店で値踏みを依頼した
いくらだったかは覚えていない
たしか22の春に所有する全てを
人生で初めて売りさばいたのだ
かたいと呼ぶなど知らなかった
男から言われて察しがついたが
数ヶ月後に聳え立つ埃臭い棚から
手にしたのは所々に紙魚の泳ぐ
函付きのちょっとピンぼけだった
コンビニエンスストアが立ち並び
周辺が賑わいを増し始めて数年
本店だけが残され世から消えた
*「ちょっとピンぼけ」ロバート・キャパ