彷光
吉岡ペペロ

宮本輝の泥の河を閉じて雄太は病室をでて用をたしにいった。
点滴をしたまま廊下を歩く中山さんとすれ違って雄太は顔も向けずに頷くような挨拶をした。
雄太の胸にすっと冷たい風が差し込んだ。
雄太は用をたしながら泥の河を読む豊臣先生の声を思い出していた。
きょう学校で豊臣先生は教科書を使わず泥の河の朗読を行った。
先生の太くて澄んだ、少し鼻がかった朗々とした声にじぶんが酔いしれていたことを思い出していた。
学校の帰り大きなビルディングの書店に寄って雄太は宮本輝の泥の河を買った。
その青紫色の暗い文庫本を撫でながら雄太はじぶんが寄宿する病院の病室に戻っていった。
トイレをあとに雄太は泥の河が待つ病室に戻っていった。
夕方いちばん入院患者が病室を出入りしている時間帯なのに廊下にはだれもいなかった。
雄太はじぶんの病室まで誰にも会わないで着くことができたらなにかいいことが起こるに違いないと思った。
病室のドアノブを開けて部屋に入るとそこには武地がいた。
非常階段から雄太の部屋に忍びこんで入って来たのだ。






自由詩 彷光 Copyright 吉岡ペペロ 2014-08-19 02:39:33
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