Giton

あなたがたはそのふたりを町の門にひき出して、石で撃ち殺さなければならない。‥あなたはこうしてあなたがたのうちから悪を除き去らなければならない。(申命記 22,24)

古代イスラエルでは、石撃ち刑に参加することが、部族民の絶対的義務であったという

自らと関わりない他人の処刑に参加することが、神の下に統べられた民の神聖な義務だったのだ

まず、被害者を名乗る者が声を上げる
あらかじめ申し合わせていた何人かが唱和する
そして、部族総出で、いけにえを広場に引き立てる
そのあとは言わずもがなであろう

非難の石を投げるとき、石には投げる者の心からの願いが封印されている:
自分に向って飛んでくることなかれ‥との願いが
もしも投げられるすべての石に封印された願いが残らず叶えられるならば、石撃ち刑は行われなくなる
しかしどの封印もいつかはほころび、いけにえの供出もまた遅かれ早かれすべての家を襲うのだ

自由と平等はフランス人の発明らしい。内陸国として、隣の国々より数世紀遅れて航海を経験した幾人かのフランス人が
これらの恩恵を発明し、それがしだいしだいに広がっていったとき‥
ついに監獄に火の手が上がり
つづいて、古今未曾有の石撃ち刑が国の内外を席捲した‥

その後200年間、革命という名の祭典の後は、かならず石撃ち刑が続いた‥
そして、いつも最後に祭壇は覆され、覆された祭壇の上で人々は歓呼し
こうしてふたたび石撃ち刑が続く‥
書物と法典に記された炎の文字を、人は真理とあがめ、あるいは虚構とも言う

破壊された祭壇の
忘れられた瓦礫の陰で
私はひとりの隠者に会った

隠者はすでに人の言葉を忘れていたが
手には法典をしっかりと握りしめていた
私は蝋燭を点し うやうやしくらい拝し 去った


自由詩Copyright Giton 2014-08-17 22:26:03
notebook Home