亀の教え
まーつん

 海の大さを知るためには
 一滴の水を
 見詰め直さなければならない

 と、老いた亀は言った

 波打ち際で遊ぶ
 他人の子供を
 呆然と眺める
 僕の足元で

 亀はそう言った

 その日
 波頭は美しく泡立ち
 溶けかけた夕陽は
 潮騒の向こうに
 ぬるく燃えていた

 水のお喋りに
 耳を傾けていた僕は
 草原の騒めきを思い出した

 どちらも、
 よく似ているな、と

 すると、いつの間に
 そこにいたのか
 亀が一匹、首を伸ばして
 こちらを見上げていたのだった

 砂漠の空虚な豊かさを
 知りたければ、一粒の砂を

 樹木が差し出す
 無言の優しさを知りたければ
 一枚の葉を

 手にとってみなさい、と
 亀はそう言って、ウインクした

 僕が驚いて瞬きすると
 その姿は掻き消え

 ただ、
 潮風に、僅かずつ
 形を崩していく
 小さな砂の盛り上がりが

 あるだけだった


 後刻、
 社会へ立ち戻り
 人の波にのまれると

 僕は、人がわからなくなった
 街の通りを埋め尽くす
 沢山の顔

 見分けがつかない
 敵意や無関心、好奇の目が
 表情のない仮面の上にきらめく

 僕は、
 亀の教えを思い出しながら
 隣人の扉をノックした

 そして、
 出てきたのが君だ

 海を知るために
 拾い上げた、一滴の水



 それが
 君だった




自由詩 亀の教え Copyright まーつん 2014-08-08 12:10:01
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